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『個』を生きるか,それともその他大勢で生きるのか―自分を生きるための『読脳』

Ebook 難治な病気・症状へ取り組む

第1章 現代医療への疑問

皆さんは、病院の医療や処置、また開業医の治療に対して、どんな印象を持っていますか。

信頼出来るから、任せっきり。

信用出来ないから、疑心暗鬼。

子供の頃は親から言われ、何の疑問もなく病院へ行き、医師の診察を無条件に受けていた。

年齢を重ね、時に病院に行くことがあるが、どうしても信頼出来ないというようになってきた。

なぜかと言えば、処方された薬がほとんど効かなかった。

結局は我慢し、時間が経ってなんとなく良くなった。

レントゲンも撮り、MRIもCTも撮った上で診察してくれたのに、結局後遺症になり、それ以来良くなっていない。

こちらが原因ではないかと思っていることを言うと言葉をさえぎられたり、

思っていることが参考になるのではないかと言葉にすると機嫌が悪くなったりするので、何も言えない。

そんなことが度々あった。

自分だけではない。両親も兄弟も同じような体験をしているという。

友人、知人にも聞いてみたが、同様なことを言う。

そんなこともあり、よっぽどのことがない限り、病院や開業医、歯科医院の所には行かなくなった。

行ったとしても、どうしても斜めに構えるようになった。

子供の頃や若い時は、割と普通に病院や開業医の所に行っていたが、40歳を過ぎた頃からほとんど行かなくなった。

医師や歯科医師は、会話が出来ない、人の話が聞けない、聞こうとしない、からなのでしょう。

知人に聞いても同様で、行くとしたら、馴染みの治療院に行くと言う。

大方は、こんな感じじゃないでしょうか。

それを反映して、病院は減少しているそうです。

一方、開業医は増加傾向にあるそうです。

これは厚生労働省の発表ですが……。

国の発表には作為的なものが多く、実際の国民の意識等に照らして、かなり乖離しているものが多いのです。

勿論、意図的な操作を行ない、国民をコントロールしているからなのでしょう。

その結果、医療に対する国民の不満や不信は、一層増大しています。

医療は何が問題なのか?

何が一番問題なのかを考えた時、それは患者が直接接触する医師ではないでしょうか。

人生経験も乏しく、人間としてまだ未熟であり、医療の目的、患者と向かい合うということ、人の命を預かっているということの

意味や重要性が、充分に理解出来ていないのでしょう。

医師・歯科医師のやる医療は、大学で学んだことを「ただ患者に押し付けるだけ」です。

患者と向き合って、患者が訴えていることを改善する、というようなことはできません。

それが基本です。

わずか6年くらいの学びで何が分かり、何が出来るというのでしょう。

卒業後、現場に立っても、現場がそんな有り様なのですから、患者が期待するような医師などに育つ訳がありません。

そんな人達が人の命を預かり、人生を預かっているのです。

患者が望んでいる、期待していることをしようとしていないということは、誰もがすでに感じ、知っていることです。

しかし、仕方ないのです。

医学部、歯学部に合格する人材として、最初からそんな医療を行うことに疑問を感じない、

考えもしない人達を選んだということです。

医療は、一般の国民が病気やケガをすれば、行かざるを得ない所です。

国民は、最初から弱者です。

病院・医師は、国から守られています。

国は国民に関係なく、やりたいようにやっているということです。

そんな人達が、さらに、まだまだ発展途上の医療を行なうのですから、良い結果が出ない、納得出来ない対応、後遺症が残るのも当然です。

そんなことは、日常茶飯事であり、特別なことではありません。

それを我慢して、病院・開業医の所に行かざるを得ないというのが現実です。

病院で行なっている医療―西洋医学は、患者のため、国民のために研究・開発されたものではなく、国民を管理、コントロールする上で便利なものとして、出来上がったものなのです。

人生の中で、子供の時、若い時は、「致し方ない」というものが多くあります。

しかし年齢と共に、「自分が納得出来るようにする」ということも出来るようになります。

それは、自分の気持ちを最優先できるからです。

子供の頃は、両親や周囲に気を遣って遠慮したりしがちです。

お金も、自分の自由には出来ないという事情もあります。

大人になって、自分が稼いだお金なのだから、たとえ金額が高くても自分の納得出来ることをしたい。

と思うようになるのは自然なことです。

その結果、自由診療や民間医療の選択肢も出てくるのです。

しかし、その民間治療院もまた、病院と同じようなことをしているのです。

だから、おかしい、納得出来ないというのはやはり減らないのです。

自分の経済力によって、国の政策の問題や現場の医師の質の問題をかなりクリア出来るようになったとしても、存在しているのです。

それは一体何なのか。

多くの場合、一般国民は気付いていません。

戦後80年、国民のほとんどが、戦後のGHQの政策の下で行われて来た教育と、そして医療を受けて来ました。

決してGHQは、日本国民の為を思って教育・医療政策を行なったのではありません。

全くのその反対です。

日本を、日本国民を、「いかに駄目にするか」というのが一番の目的でした。

国民の人生や健康を駄目にするのが目的で、行われてきた医療と教育です。

国民のほとんどが、まさか病院が、医師が、一般治療院が、そんな風にやっているとは思ってもいないでしょう。

当の医療者達も、最初はそう思っていたでしょう。

しかし、長く医療を続けていれば、「国民の健康や命を良くし、守る」という医療には、なっていないということに気付くはずです。

そんなこととは露知らず、「医師・治療家になろう」と、なったのです。

それなりの数の医療者が、それを知った時は、それなりのショックは有ったと思います。

「辞めるか、続けるか」悩んだ挙句、

「辞める訳にはいかない。親にも家族にも周囲にも、大きな迷惑をかけてしまう。それは出来ない」と、

そして「他の仕事よりは収入がいいのだから、辞めずに続けよう」と、結論を出して、また現場に戻って行ったのです。

多くの国民が出会う医療者は、そんな人達なのです。

言いたくとも言えない、それはお互い様です。

これが現実。現在も、実情は変わっていません。

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