MENU
『個』を生きるか,それともその他大勢で生きるのか―本来の自分を生きるための『読脳』

Ebook 本来の自分育て(プリントアウト用)

第1章 “脳の情報”とは

 脳の情報とは

あなたは、今の自分に満足していますか?

なぜ、自分は生まれてきたのか?
なんのために生きていくのか?
どんな人生にしたいのか?

その答えを持っていますか?

それは、他人が決めるものではありません。
と言って、自分の意志で決められるものなのか?
いいえ、それは決めるものではなく、「掴むもの」なのではないでしょうか。
というと、それは予め、決まっているもののようにも聞こえます。

もしあなたが、そんなふうに感じたことがあるとしたなら、それはいったいどんなものなのでしょう?
宗教信仰者であれば、それは神だというかもしれません。
しかし、それは宗教で言っているところの神ではなく、もっと別の「何か」と考えている人も、いるのではないでしょうか。

日本を代表する科学者は、それを科学では説明できない「サムシンググレート(偉大なる何か)」と言いました。
アインシュタインは、数式では解明できない力があり、それを「宇宙の真理‧愛」と言いました。
そんな目に見えない「何か」を、自分の感覚や経験を通して感じている人も、いると思います。

『CW Happiness Philosophy』で言っている“脳の情報”とは、この「何か」から、一人ひとりの脳に届いている“固有の情報”のことなのです。
『読脳法』とは、そんな「何か」から脳に届いている情報を読み出す技術です。

無が無でなくなり、“有”になった瞬間、宇宙が誕生しました。
それには、“意味も理由も”有りました。
それを『CW』では“元”と言っており、人の誕生も同じように、“意味も理由も”有ると言っています。

だからと言って存在し続けられるかというと、そうではありません。
“必要”がなければ、存在は直ちに終わります。
宇宙は、誕生から92億年を経て、地球を誕生させました。
それは“必要”が有ったからです。
地球は“意味も理由も必要も”有ることで存在し続けています。

そして、そんな地球に誕生した、我々ホモ‧サピエンス、そして一人ひとりの「人間」にも同様に、存在する“意味、理由、必要”がある限り生き続けることが出来るのです。
寿命はそれによって決まるのです。 

「脳」と「心」、そして「本来の自分」

そして、人がこの世に生を受ける時、そこに愛が100%発生したのです。
卵子と精子が受精したからと言って、生命が存在し続けられる訳ではありません。
受精から誕生までの間、“必要”が有り続けることです。
そこに“愛”が発生し、“愛”が“意味と理由と必要”に育まれることで、この世に生を受けられるのです。

そんな“人”が、赤ちゃん、幼児、子供、少年、青年と育ち、さらに壮年、老年と生きていきます。
その間、ずぅっと“元”から“意味、理由”のゆらぎが脳に届くのです。

『CW』で言っている“脳”とは、頭にある解剖学的な脳のことではありません。
“元”から届く “意味、理由”のゆらぎが入っているボックスを言っており、それは頭にあるとは限らず、場所も大きさも形も人によって違うのです。

この“脳”に、“元”からのゆらぎ”が入ることで「精神」が、また、地球に重力を支持している骨(支持骨)から入る“ゆらぎ”は「感情」や「気持ち」を作り出し、脳で合流し、バランスを取ることで「心」が作られるのです。
そのバランスは人によって違い、成長の中で変化していき、“幸せ”な生き方が出来るかどうかに大きく影響するのです。

人が“幸せ”に生きられるかどうかは、“元”から届く“ゆらぎ”によって大きく左右されるということです。
その為にも、自分の重力を地球にしっかりとバランス良く支持していることが大切なのです。

地球に自分の重力がバランス良く支持していない時には、“元”からの“ゆらぎ”が届かなくなり、精神も気持ちも感情も混乱し、「心」が乱れるのです。
それは、一時的なことであったり、生まれつきな場合もあるのです。
それによって、精神も心も安定せず、気持ちも落ち着かず、感情的になったりもするのです。
また“ゆらぎ”が必要を満たしていない人や場合は、心穏やかに生きられないということも起こるのです。

“元”から“ゆらぎ”が必要なだけ届いている時に脳に届く情報は、自分の生まれることの“意味、理由”です。
そして、何のために生き、どのように生きるかは、“必要”によって決まるのです。
それが本来の“自分”なのです。

何のため、どのように生きるのかは、生きていく中で、脳に届いている情報を読み出しながら、探求していくのです。
人は、ただ生きるのではなく、その生には意味も理由も必要も有って生かされているのですから、そこには、それぞれの“役目”‧“役割”が有るのです。
それを探し出すことが人生であり、使命なのです。

赤ちゃん期の両親との「言語のすれ違い」

しかし、現実は様々な困難があります。
愛100%でこの世に誕生した赤ちゃんは、生まれた早々から困難に遭遇します。
言語が違うのです。赤ちゃんの言語は、言葉ではないのです。「意味、理由、必要」そのものなのです。
しかし、母親、父親は、すでにそんな言語は忘れてしまっています。一方通行な言語―言葉で語りかけてくるのです。

赤ちゃんの戸惑いは大変なものです。それまで、双方向のコミュニケーションをしていたのです。それが突然、一方通行のコミュニケーションになるのです。
“人”としてのコミュニケーションを自分のものにするには、それなりの時間が必要です。スムーズにいく子もいれば、戸惑いと混乱が長く続く子もいます。
両親が赤ちゃんの言語に合わせてコミュニケーションしてくれれば、赤ちゃんは心安らかに育っていけます。

「本来の自分」の忘却と過酷な環境

しかし現実は、誕生直後から、戸惑いと混乱から始まるのです。
生まれてくる前に、意味も理由も必要も愛も100%有ったのです。
さらに、役目‧役割も、使命も持っていたのです。
それが誕生と同時に脳の奥の方に追いやられてしまうのです。
この頃の混乱の始まりは、一生を通して続くのです。そんな混乱から抜け出すためのたたかいが始まるのです。

生まれた性も、時代も、国も、地域も、何一つ予定されていなかったのです。
そんな中で、自分に与えられた存在の意味、理由、必要です。どんな風にアジャストしていくかは、一人ひとりに任せられているという、大変過酷な自分に与えられた環境なのです。

そんなこと両親は、とっくの昔に忘れています。どんどん押し付けてきます。赤ちゃん、幼児側に関係なく、一方的にです。
赤ちゃん、幼児、子供は、混乱と喪失の中で、孤独になっていきます。そして、誰も、何も救ってくれないことを、一方的に知らされていくのです。
「本来の自分」は忘却の彼方です。

社会システムとのギャップと他人との比較の始まり

そんな彼等は、自分とは全く関係の無い他力によってさらに振り回され、もてあそばれる社会‧世界へ踏み出さなければならないのです。
当然について行けない子も出て来ます。歩みは一人ひとり違うのです。歩みが違うことが、どうして悪いと言えるでしょう。
にもかかわらず、比較され、差別されていくのです。

まだ「本来の自分」を強く持っているのです。そんな子は、“元”の情報をまだ持っている子です。
しかし、まだ充分にこの世の言語を使いこなせないのです。「伝えたい」「発信したい」気持ちは焦るばかりです。

自分に関係なくスケジュールは決められています。保育園、幼稚園、小学校、中学校…全く自分は必要としていないのです。
しかし、いくら訴えても分かってもらえないのです。
とはいっても、多くの同年代の子は、とっくにそんなシステムに馴染んでいます。
そんな子は、早い時期に「本来の自分の情報」を忘れ去った子です。

貼り付けられるレッテルと「自分」の埋没

まだ「本来の自分の情報」を持っている子は、自分の「伝える情報」を、まだうまく伝えられないでいるのです。
しかし現実は、容赦ないのです。自分には全く関係のない時間制限によって進級、進学しなければならないのです。その頃には、周囲の誰よりも遅れているのです。それにより、遅れている子、出来ない子、分かっていない子、伝わらない子、とレッテルが貼られるのです。

また社会では「発達障害」という言い方もされるのです。その時には、小学高学年から中学生です。そんなことに全く興味‧関心を示さない教師の下で、その他多勢として育てられていくのです。

そんな「伝えるもの」を持っていなかがらも、中学‧高校へ進まなければならないという事情、情況の子もいます。
決して積極的でないにもかかわらず、社会に、皆に合わせなければならない、という社会共通認識の上で、結局“自分”を埋没させていくのです。

そんな人が、大学へ、そして卒業と同時に、皆に合わせて就職するのです。
もうすでに“自分”は失っています。
そんな高校生、大学生、社会人がいっぱいいるのです。そしてそんな彼等を「社畜」と呼んだり、「落ちこぼれ」と言ったりするのです。

しかし、そんな中でも、早くから「自分を見失っている」人は、自分の本来の役目‧役割に関係なく、エセ的であることに何の恥ずかしさもなく、公務員や医師、教師、その他国の高位、有資格者としての立ち居振る舞いをするのです。

そんな人と、そうでない人の、生活水準は自ずと違います。
どこかで、まだ「本来の自分」の欠片を持ち続けている人は、どうしても生活水準は低くなります。
それでもまだ、自分には役目‧役割があり、それを果たすことの方にとてつもなく価値があると思っているところがあるのです。

そんな人が「本来の自分」を求めて、自分の本当の役目‧役割を知りたいと、“元”から脳に届いている情報を読み出すための『読脳法』に興味を持つのです。

50代で直面する家庭と妻との距離

そんな30~50代は、中休みの世代です。
社会の勢いに流され、家庭生活に追われ、人間関係にもて遊ばれている間に、10年、20年が過ぎます。
もうすでに自分を見失って長い時間が経っていると、時間が経つのも忘れてしまい、気付いた時がもう50代ということなのです。

子供達は大学を卒業、あるいは在学。近いうちに社会人になり、自分と同じような会社員になっていく予備軍です。
家には、妻と2人だけになってしまう。妻と2人だけになった時、どんな会話をしたらいいのだろう。もう、すでに20~30年、真面目に向かい合ったことがない。だから、共通の話題も無い。

子供が小さい頃は、それなりに話題が有った。高校生になった頃には、子供は外に向いており、家族の中で会話は無くなった。
自分の時もそうだった。高校生ともなれば、親よりも友人、外の世界。
そんな意味では、すでに数年前からそんな状況が現れていた。それなのに、ほとんど準備していなかった。

妻と共通の話題なんてあるのか。妻は何を求めて生きてきたのか。妻には、夢も希望も有ったのか。妻は、幸せに生きてきたのか。妻は、これからの人生をどのように考えているのか。
知らない、全く知らない、そんな話したこともない。

歩んできた人生への問い直しと後悔

今、自分は、不安を感じている。夫として、父として、男として、その役目を果たすことができたのか。妻は、よくやってくれたと思う。
自分は、会社の仕事一筋だった。それで得たのは、自宅と、子供達を大学に出したということ。自分もそうだが、大学を出たことに何の意味があるのか。

それなりの会社に就職し、それなりの給料ももらってきた。そのために、20代前半から50代中頃までの30年間、ただただ会社の仕事をして来た。
それに何の意味があるというのか。もっと違う人生を生きれたのではないか。もっと、自分だからこそ出来る、というものもあったのではないか。

なんで、こんな人生を生きて来てしまったのか。妻と結婚したからなのか。あの会社に就職したからなのか。
あの大学に入ったからなのか。もっと高校時代に考えることがあったのではないか。自分は、高校時代をうまく生かせなかったということか。

多くの人は、せいぜい考えを戻せるのは、高校時代くらいまでではないでしょうか。
違うのです。それよりも、もっと前なのです。確実に分かれたのは、中学時代です。

それより前は、まだ「損得、駆け引き、取引、条件付き」の考えは持っていません。それはなんといっても、まだ“元”の情報が色濃く残っている時代です。
しかし中学3年生ともなれば、高校進学です。どんな高校へ進学するかは、その先の大学によって大きく左右されます。その大学は、その後の就職に影響するのです。

その就職後、どんな人生が待っているとも知らず、親に騙され、先生に騙され、社会に騙され、高校を選ぶのです。
そうです。中学2年生までが“青春”なのです。それ以後は、エセ青春があるだけです。その延長で、恋愛し、結婚する人もいます。

急ぎすぎた人生と失われた対話

ほとんど、人生を考えたり、哲学をする時間などなかったのです。
なんで、そんなに急いで生きるのですか。なんで、自分のため、家族のため、人生のために、人生を哲学‧探求する大切な青春時代を、もっと長く取れなかったのですか。

中学が無理なら、高校時代に。大学進学する前、高卒で社会に出る前に、せめて1年でも2年でも、自分に投資する必要があったのではないでしょうか。

そんな余裕のない生き方をしていると、先が見えなくなります。社会人になる前に、もっと“自分”を見つめるための時間を投資することだったのです。

それがようやく、50代にして分かったということになるのでしょうか。
人生を、共に共通のテーマを持って生きていける相手を探したのでしょうか。それが今の妻です。

話題が無いのは当然です。食べるだけ、寝るだけの生活の中で、何の未来があるというのですか。
結婚する前に、夢や希望を語ってきましたか。共通の意識を持てない相手を愛することが出来るのですか。そんなことはもう、中学2年生の時に分かってもいいはずです。5年後、10年後、20年後を考えずに、結婚する相手を決めたのですか。

「自分」を取り戻すための新たな旅立ち

なんでそんなに急ぐのですか。多分、自分では気付いていないと思いますが、それまでの自分のやり方が良かったのか、間違っていたのか、少しでも早く知って、やり直せるのならやり直したいという気持ちが、そうさせているのではないでしょうか。

それは、親から、先生から、社会から騙されているのではないだろうかと、心の隅でいつもそう感じていたからではないでしょうか。
しかし実際には、時間が経過すればするほど、深みに嵌っていくのです。そして抜け出せなくなるのです。

気が付いた時は、子供達が成長し、可愛い盛りの頃です。もう、いろいろな事が過去のものになってしまっているのです。これからどうしよう。どうしたらいいんだろう。何を希望に、夢にして、生きていけばいいのか……。それこそ、中学2年生の時に考えなければならなかったことです。
色々な後悔、思いがあるでしょう。自信も薄れ、体力にも自信が無くなり、老いていく自分を、ただ眺めるだけでいいのか。
まだ人生半ば、このまま諦められるのか。そんな訳がない。

今やらなければ。何を! 自分を成長させることをです。
それには、もっと自分のことを知ることだ。“自分”ってどこにあるんだろう。“自分”って何なんだろう。

“自分”を知るということは、自分の脳にある情報を読み出すということではないだろうか。そんなこと出来るのだろうか。
自分の脳の情報を読み出す―『読脳』。そんなこと、どういうふうにすればいいのか。それを指導しているのが、『CW読脳フリースクール』です。

第2章 本来の自分育て

社会と教育の罠――見失われた人生

はじめまして、こんにちは。
私が『読脳法』を指導している伊東聖鎬です。
これから、私の話を聞いてください。

少しでも良い生活をしようと、大学に進学した人はいっぱいいます。
親に、先生に、社会に騙されて大学に進学した人は多いのです。
給料の良い会社に就職して、何がありましたか。
人並みの生活、自宅、マイカーを借金で手に入れ、子供達を大学まで進学させる、それが出来たのですね。
それ等を手に入れるために、借金を、それを返済するために会社‧仕事だけの生活。
それを30年続けて来たのですね。
さらに、あと10年、同じ生活を続けるのですね。
60歳で返済が終わり、晴れて解放!
そんな人は、医師、歯科医師、教師、公務員、サラリーマンその他大勢いっぱい居ます。

定年退職し、あとは心細い年金生活。
先輩や同僚も、大体同じ老後。
夫婦の会話も無く、子供達は家には近寄らず、淋しい夫婦だけの生活。
そんな60代からの老後の生活は、両親や親せきの伯父さん、近所の年配者を見れば、10代や20代の頃でも分かろうと思えば分かったはずです。
もう、そんな頃に、自分を見失っていたということですね。

親だけが、学校の先生だけが、自分を騙していたのではなかったのです。
社会全体が騙していたのです。
と言って、騙されないように生きていくことができたのか。
親も、周りも、皆、そんな中で生きていたのです。
自分だけが騙されないような生き方が出来ただろうか。
大変難しいと思います。
皆が騙されて生きている中で、自分だけが抜け出して生きるということは、大変勇気のいることです。
親も、先生も、社会も、敵に回して闘わなくてはならないのです。

そんなこと、中学生に出来るのか。
しかし、高校生であれば出来ます。
中学生であれば、親や兄弟を悲しませたくない、という気持ちが強いかもしれません。
でも高校生ともなれば、「自分の人生は、自分で責任を持って生きなければ、歳をいって後悔する」という気持ちも、強くなってもおかしくありません。
それには、それだけの大人や社会に対して関心を持っていなければ、そんな情報も持てないでしょう。
高校生ともなれば、社会や未来、人生のことを、真剣に考えられるはずです。
そんな社会に流されて生きるのか、「どんなことがあろうとも、自分の人生は自分で責任を持って生きる」を貫くか、自分で決めることは出来るはずです。
それが出来なかった人が、余りにも多いということです。

何のために生まれてきたのか――伊東聖鎬の軌跡

私は小学6年生の時、いじめを苦にして入水自殺を図るも、生還しました。
「一度死んだ人間が生き還った」という事実を、私は、何か大きな存在と繋がっていると感じるようになり、それ以後、中学時代は「なんで死ななかったのか」、「これからの自分の人生、どう生きていくのか」、「何のために生きていくのか」、「自分のやることは、すでに決められているのか」等を考える毎日を過ごすようになりました。

高校進学についても、色々な思いがありました。
最終的には、親の気持ちを汲むことにし、結局、全日制→定時制→全日制→定時制と、4年も在籍することになりました。

定時制卒業前から、全国放浪の準備をし、当時最大の大型バイクで、東北一周の旅に出ました。
それをキッカケに、卒業と同時に北海道へ渡りました。
60年前の北海道は、今とは違って「内地の人間には、まだ未開の地」という印象がありました。
「30歳までに100の地域で100の仕事をする」と決意しての、全国放浪の修業の旅でした。
それは、親からも、社会でも言われていた「世間の目」が、どんなものなのか知りたいということもありました。
当時の若者は、親や一般で言うところの「世間の目」を気にして、やりたいこともやらず、親の言うことに従うというような通念でした。
そんな中で、30歳まで全国を放浪の修業をするという私の考えは、親からも、周囲からも、受入れられませんでした。
しかし、私は決行しました。
ケネディ大統領が暗殺された翌日、生まれ故郷の京都を発ち、東京へ向かいました。

医療界の限界と「相手を知る」ことの重要性

25歳の時、姉の子、姪が知的障がいと診断されたことをキッカケに、一旦東京に戻りました。
なんとか姪の役に立とうと考え、医学の道に入ることにしました。
当時注目されていた「漢方」医学としての鍼灸、あん摩、マッサージ、指圧の専門学校に学ぶことにしたのです。
それ以後は、有名な先生の下で、色々な技術を学びました。

しかし、姪を良くするのは医学ではないと気付き、姪のような子や人に対して、理解してくれる社会を創っていくことが大切と考え、医師、歯科医師、さまざまな治療家を対象にセミナーを開催していきました。
私32歳の頃です。

延べ15万人の医師、歯科医師、治療家に対して指導を行ってきましたが、彼らのほとんどは、目の前の患者に関係なく、学んできた知識や技術をただ押し付けるだけで、相手のことを理解し、協力しようなどという気持ちは、これっぽっちも持っていませんでした。
私は、医療に携わる人は「人のことを知らなければならない」と訴え、相手(人)を知るという目的のセミナーを開催していきました。しかし、医療者は、そんなことには全くといっていいほどに、無関心でした。
今考えれば、「自分の事さえ考えてこなかった人間が、どうして他人のことに興味‧関心が持てるのか」ということだったのだなと理解できます。

医療界の現状は、今も当時と同じです。
それは、きっと世界中の医療者も同じでしょう。
学校で学んだことを患者に押し付けるのが、「自分達の仕事」と理解しているでしょう。
そんな医療に関わって、良くならないという病気や症状は、増え続けています。
そんな中で、何をやっても良くならず、悩み困っている人が年々増え続けています。
そして、そんな人や病気‧症状を良くする技術も理論も、未だに開発されていないという実情です。
相手(人―患者)のことを理解しようという考えも、方法も、旧態依然のまま、持っていないのです。
学校で学んだ知識‧技術を行使すれば、それで終わり。
それで良くなればいいし、良くならなければ、自分には関係ない。
そんな考え、態度です。

『読脳法』の誕生と自立した人生への道

私が医療の世界に入った目的は、知的障がいの姪を良くしたいという思いからでしたから、病院や治療院で良くならない人は一体どうすればいいのか、というのが、私のテーマでした。
医療者の多くとは、まったく考えが違っていたのです。
それを果たすために研究し、実践を多く積む中で開発したのが、『CW Happiness Philosophy 読脳』です。

病気‧症状が良くなっても、未来に夢や希望がなければ、幸せにはなりません。
幸せに生きることが、生きる目的です。
未来に夢や希望が無いことが、病気や症状の原因なのです。
未来に夢や希望を持つためには、「人」や「社会」を知ることなのです。
医学知識や技術で良くなり、満足できる人は、それでいいです。
しかし、どうしても納得‧満足出来ない人は、様々に形を変え、病気や症状に振り回され続けるのです。
そんな人はどうしたらいいのか。
私は、それを研究してきたのです。

すでに多くの人が、自分を見失い、“従”で生きています。
家畜ならともかく、「人間」です。
自分の人生は自分で責任を持って、自分で切り拓いて生きていくものです。
しかし、そんな環境、社会はありません。
だから多くの人が、結局、原因不明の難病になっていくのです。
自分の可能性を知らないのです。
自由自在な生き方をすることが出来るのです。それを知らないのです。
人生は、自分で開拓していくものだということを知らないのです。
誰に頼っても、何処に任せても、それをしている限りは、自分が納得できるものはないということを知ることです。

自分の幸せは、自分で掴むものです。
自分の可能性も、未来も、納得も、幸せも、人との関りの中にあるのです。
人に協力できる技術と能力を持っていれば、人は自分を求めてやって来ます。
人から求められる人間になり、人に協力できる能力‧技術を持てば、未来は拓けてきます。
多くの人が、悩み、困り、求めています。
そんな人の役に立つことです。
人任せな生き方では、満足も納得も得られないでしょう。
そのためにも、「自分を育て」、「自分を知り」、人を知ることです。

40代、50代は、今から始めることです。
60代、70代は、決して遅くありません。
自分の幸せのために、人の役に立つことです。

第3章 やってみよう!読脳法

体は、脳からの刺激(見る、考える、聴く等)で変化する

現代医学や現代医療で良くならない難治な病気や症状、噛み合せの異常、嚥下障害、不定愁訴等は、現代医学ではどうしていいか分からない病気や症状ということです。

それ以外にも、病院や治療院で良くならない病気・症状がたくさんあります。
血液検査やCT、MRI等の近代機器を使っても、どう取り組んだらいいのか分からない。どんな薬を飲んでも良くならない。

なぜなのか。

それは、結果からスタートしているからです。

どんな病気や症状にも「前触れ」というものがあります。
それは、本人が自覚出来る場合もあれば、出来ない場合もあります。
自覚出来た時には、すでに遅いという場合もあります。

実はそんな「前触れ」は、はるか前からあったのです。
よく、「心の問題が、病気や症状を作る」という言い方をします。

しかし、それは明確な根拠があって言っているのではないと思います。
様々な検査をして、その結果原因が分からず、どう取り組んだらいいのか分からないような時などに、そんな言い方をしているのだと思います。

しかし、心配事や悩み、困り事、苦しみ―それは過去のことだったり、未来のことだったり、自分のことではなく他人のことだったり、思いも付かないようなことだったり、そんなことが、実は遠い原因になっていることがあるのです。
そんなことを病院や治療院、医師や歯科医、治療家は分かりません。本人も他人も「まさかそんなことが」と思うようなことが、原因になっている場合があるのです。それは、人によって様々、色々なのです。

些細なことであっても、とっくに忘れていることであっても、遠い過去のことであっても、さらにずっと未来のことであっても、自分の脳はそんなことに反応しているのです。

それは、正に人によって色々です。

どうしてそんなことが言えるのかというと、脳が反応した結果が、サインとして体のどこかに証拠を残しているからです。
それは、様々な形で体に表現しています。
これから紹介する『サインチェック法』は、その中の一つです。

どんな事柄がどんなサインとして体に表現されるかは分かりません。個人によって、その時々によって、違うのです。
それを『読脳』によって読み出していくことで、難治な病気・症状の原因を突き止めることもでき、取り組み方も知ることができるのです。過去の問題をどう扱えばいいか、未来の問題をどう受け止めればいいか、考え方、生き方をどう修正すればいいか等が、分かってくるのです。

それでは、脳からのサインを読む方法をいくつか紹介します。脳の情報を読む方法は、いくつもの方法があります。
それは、CW読脳フリースクールで指導していきますが、ここではその一つを紹介します。

Ⅰ.脳からのサイン(情報)を読み出す

ここでは、頭皮のサインの意味の読み出し方を紹介します。

頭皮(頭の皮膚)とは
頭皮は、頭蓋骨を帽子のように広く覆う薄くて丈夫な結合組織で、
前頭骨、後頭骨、側頭骨、頭頂骨と繋がり、ピタリと頭蓋骨を
覆っているポンプの役割を果たす筋肉のない部分です。

図のように、両手それぞれの親指と四指で頭皮を挟み、
前後に動かすと、それなりの皮膚の移動を確認することができます。

親指は動かさないように固定し、左右別々に四指を前後に動かし、
頭皮の移動をチェックします。

この時、左右の皮膚の移動に違いがある場合があります。
それをチェックします。

例えば、左側の頭皮の移動が、右側に比べて少ないことがあります。
あるいは多いことがあります。左右同じくらいという場合もあります。


〈結果〉例:左側の頭皮の移動が少ない

チェック法を動画で観よう!

https://youtu.be/xaTCY8qCEkI?si=aUV8B67J780PFm0T

https://youtu.be/xaTCY8qCEkI?si=aUV8B67J780PFm0T

この検査は、これから行う「脳からの反応を観る」ために最初に行う検査ですから、しっかりチェックし、どちら側がどうなのか、しっかり確認してください。

Ⅱ.脳からの反応の意味を探るトレーニング (サインチェック)

これから「脳の反応を探る検査」を説明します。

数字の0から9までを一つずつゆっくりと数える度に、最初と同じように頭皮をチェックします。
適当に数えるのではなく、一つ一つの数字をしっかりと、頭の中で響かせながら行います。
事故や病気でどんな数字で頭皮に最初と違う反応が出てくるのかをチェックします。




0 1 2 3 4 5 6 7 89

この頭皮の変化は、脳の反応の結果です。
こうして数字を0から9まで数えながら、脳の反応を都度、検査するのです。
〈結果〉例:左側の頭皮が、数字の「3」を数えた時に移動が大きくなった(最初と違う反応を示した)

次に、頭の中でいろいろなことを順番に思い浮かべながら、一つ一つ思い浮かべる度に、頭皮の変化を検査します。

例えば、お母さん、お父さん、姉、妹、弟、妻、夫、息子、娘、祖父、祖母、友人、先生と次々に思い浮かべるものを変えていきます。




お母さん お父さん お姉さん 妹 弟 妻 夫 息子 娘

すると、ある人のことを思い浮かべた時、最初の頭皮の状態がある数字で変化した(例:3で左側の頭皮の移動が多くなった)のが、また最初の状態に戻った(例:お母さんを思い浮かべたら移動が少なくなった)というようなことが起こります。

〈結果〉例:数字の「3」を数えた時に移動が大きくなった(最初と違う反応を示した)左側の頭皮が、お母さんを思い浮かべた時に、移動が再び小さくなった(さらに違う反応を示した)

変化させた数字も特定ですが、思い浮かべた人物も、特定です。

つまり、頭皮は、ある特定の数字に反応し、さらにその数字に対してある特定の人物に反応したのです。
脳からの反応は、「特定の数字」と「その数字に反応する特定の人」を選び出したのです。

脳からの反応の意味が可視化された瞬間です。

数字の代りに、色紙を使う方法もあります。20~30枚の色紙を用意し、順番に見ていきます。


赤 青 桃 緑 紺 茶…



すると、ある色紙を見た時に頭皮が反応するのです。

〈結果〉例:左側の頭皮が、「赤色の色紙」を見た時に、移動が大きくなった(最初と違う反応を示した)

頭皮が反応を示した色紙を目の前に置き、それを見ながら、次にいろいろなことを思い浮かべていきます。

例えば、食べ物でもいいと思います。




「大根 ほうれん草 玉ねぎ 人参 ごぼう 豆腐 大豆 米…」


〈結果〉例:赤色の色紙で移動が大きくなった左側の頭皮が、ごぼうを思い浮かべたら少なくなった。

脳の反応は、「特定の色紙」と「その色紙に反応する特定の食べ物」を選び出したのです。

このように、「体は、脳からの刺激(見る、考える、聴く等)によって変化する」ということを、知ってください。

「頭皮のチェック」は、脳からの情報を読むための 「サインチェック」の中の一つです。
サインチェックが上手に出来ると、自分が知りたい脳からの情報の意味を、読み出すきっかけになっていきます。

この検査を、数字や色紙以外んでも、いろいろなものでやってみてください。
また、頭の中で思い浮かべる内容で、反応が最初の状態に戻るものを、いろいろ探してください。
数多く練習することで、頭皮の反応のチェックが確実なものになっていきます。

このように「体のある部位がすでに異常な状態にある」ことは、普段ほとんど自覚することはありません。
では、そんな「脳からの刺激で変化しているサインの部位」をどうやって探し出すのか、です。
つまり、それが『読脳』を行う時に必要になる「特殊(自分)センサー」の開発です。

脳から体に特定の情報が届く結果として、その部位が異常を起こす、つまりサインがあります。
それぞれ個人々々によって違うそんな「サイン」ですが、それぞれが熱心に研究していくと、特定の事柄を考えた時に、特定の体の部位が変化(異常)することを突き止めるのです。

実は、そんなサインはいっぱいあるのです。
ある人のこと、過去や未来のあること、そんな事柄はいっぱいあります。
そんな色々ある事柄を、次々に考えたり思い出したりすることで、変化していきます。
これが「脳からのサイン」と言っているものです。

それを見つけ出せれば、次に考える内容を変えていきます。
するとその変化(異常)が様々に変わるのです。

例えば、分りやすいところでは「噛み合せ」があります。
考える内容によって、噛み合わせが色々に変化します。
何度も繰り返し行うことで、体験出来ます。
それによって、自分の一番良い噛み合せの位置を探し出すこともできるのです。

一般歯科医院では、こんな「自分に一番合った噛み合わせの位置などは探し出せません」
同様に病院での様々な検査でも探し出せなかった病気・症状の原因や、良くする方法も探し出すことが出来るようになるのです。
数多く、熱心に繰り返し研究することで、得られるものです。

実践で読脳が出来るようになるには、さらにいくつもの階段があります。
決して簡単なものではありませんが、必要であればきっと出来るようになります。
CW読脳フリースクールでは、自分の脳の情報を読み出せるようになるために、初歩から分かりやすく指導していきます。

これ等以外にも、沢山の『サインチェック法』があります。

第4章 読脳法を開発した背景

医療の道を志したきっかけと「人研究」という独自の目的

私は全国放浪の旅の途中、25歳の時、姪の知的障がいを知りました。
そのことをきっかけに医療の道に入りました。
私の伯父家族は韓国大邱市で総合病院を運営しています。世界的にも有名な腎ジストマの研究者でした。
岐阜市在住の妹の二人の息子も国立大学の医学部を卒業し、現在病院で医療に携わっています。
そんな関係があるとは思いませんが、偶然にも、私も医療の道を志すようになりました。

しかし、彼ら医療者と私の動機、目的、目標は全然違っています。私が目指したのは「人研究」でした。
人は、何でそんなことをするのか。何でそんな目に遭うのか。
何でそんなふうに考えるのか。何でそんなことを言うのか。
何を目的に生きるのか。何を目指しているのか。何でそんなふうになったのか。
どうして良くなりたいのか。どうしたら良くなるのか。
どうしたら、その人の役に立てるのか。何を求めているのか。何をして欲しいのか。何でそうなのかな。
どうしたら相手のことを思い、協力し合えるのか。
兄弟、家族、友人、知人、国民同士、世界平和、人類平等になるにはどうしたらいいのか。

等々、いじめにあった私は、人生を人とは違う目的を持って生きてきました。
気がついた時には、私は「人の役に立ちたい。人に協力したい。自分に求めてくる人に何ができるだろう。きっと役に立てる。役に立てる方法を探し出したい」そんな思いを持っていました。

医療関係者への指導開始と「体のサインと脳の関係」の研究

そんな私が行動を開始したのは、29歳の時、1976年でした。私と同じような考え、目的を持っているのではないかと考えた人――医療者に、私の考え方、技術を指導しようと考えたのです。

私は19歳の時から、全国を放浪修行しながら、「100の地域で100の仕事をする」を目標に生きてきていました。
すでにその頃(1976年頃)には、多くの人が自分の目的も持たずに生きていることを知っていました。そんな多くの人に、自分は何ができるのか、どんな目的で関わればいいのかを探求していました。

理解を共有し、その上で、その人が自分の人生を力強く生きていくことができるように協力することを目的に、医師、歯科医師、治療家、その他医療関係者を対象に、「人とは」「生きるとは」「病気とは」「良くなるとは」を考えることをベースに、「体に現れる様々なサインと脳の関係」を研究し、指導を始めていました。

医療現場の現実と「読脳法」の開発

しかし、ここに私の大きな誤算がありました。医師、歯科医師、その他の医療者は、ただ学校で学んだ「知識」を提供する仕事をしているだけの人達だったのです。決して、“人”を相手にしていません。医療や治療は、生活の糧を容易に得やすいと考えている人達だったのです。

それは現在も変わらないと思います。いいえ、当時以上にはっきりしていると思います。「仕事と人情は別」と割り切っているでしょう。
なぜなら、人のことなど、考えようとしても考えられない。どんな風にすれば、他人のことを考えることができるでしょう。そんなこと考えられるはずもなく、掴んできてもいない。
相手のことを何も考える必要もなく、評価を受けることもなく、それでいて他の仕事よりも給料がいい。そんな職業だからこそ、医療の仕事を選び、これからもやっていくという考え方の人達なのです。

そんな人達が、私の主催するセミナーにこれまで延べ約15万人以上参加しました。私とは全く違う考え、目的を持った人達です。

そんな人達なのだと受け入れるまでに、私はそれから約50年を費やしました。そして、今では、医療、病院、医師、歯科医師、治療家、看護師、助産師、歯科衛生士、その他ほぼ全ての医療関係に携わっている人や、医療行政システムの考え方を知りました。ほとんど何も期待できない分野であり、人達なのだと分かりました。それが現実であり、現状です。

そんな中で、自分や家族、友人、知人が、病気や様々な症状で苦しんでいたり、困っていたりしたら、どうすればいいのかが私のテーマになっていったのです。

そして研究、開発したのが、この『読脳法』でした。

第5章 伊東聖鎬の指導 ラスト企画 「CW読脳フリースクール」

そんな国、病院、医療者に頼らず、自分のことは自分で、責任を持って取り組もうという考えのもと、“自分の脳に自分の全ての情報がある”を実証するために、YouTubeが開始された直後からその取り組みを公開してきました。

YouTubeが開始される20年以上前から、人に伝える必要を感じ、30歳でセミナーをスタートした時からビデオ撮影を行なっていました。
これまで行なってきたセミナーのテーマは医療分野だけでなく、「女‧男‧夫婦」「赤ちゃん‧幼児」「少年‧青年期」「親子」「人生‧真理の探究」「愛‧幸せ」「人研究」「病気‧症状」「介護」「支配者‧被支配者‧国‧国民」など、広範囲にわたっています。

月30回、1日に2か所で講義を行うこともありました。年間300回以上、40年にわたって1万回以上の講義、セミナーを行なってきました。その全てを動画撮影してきました。

引っ越しを頻繁に行なったことでそのかなりの数が消失しましたが、それでも2000年以降の動画はすべて保管しています。それだけでも5000本以上になります。その中から『読脳メソッド』を伝えるために参考になるものを選び、YouTubeで紹介してきました。ぜひご覧になってみてください。
そして、ぜひ読脳フリースクールで、自分の脳の情報を読み出す方法を学んでください。

日本でのラスト企画「自分育て・読脳フリースクール」

私が指導できる期間は、限られています。45年の長い間、指導してきましたが、これが日本でのラスト企画になります。
学びたいと思っても、私が直接指導できるのは、これが最後になると思います。

自分育て‧読脳フリースクールでは、「赤ちゃん‧幼児のお母さん、お父さんの自分育て」「小学生‧中学生‧高校生の自分育て」「10代~100代 生涯をかけての自分育て」「幸せな結婚をするための自分育て」また、現代医学、現代医療で良くならない難治な病気、症状、不定愁訴、噛み合わせ、リハビリ介護、 がん‧命にかかわる病気 など、人生を通してあらゆる対象の人に対してクラスを設け、読脳法の指導とコミュニケーションを行っていきます。

その全ての目的が、自分らしく生き、納得、満足、幸せな人生を生きるための自分育てです。

年齢が早ければ早いほど、クリアな脳で、自分の人生を築いていくことができます。
といって、今からでも人生を満足、納得できるものに変えていきたいという人も、何歳からでも、気付いた時が自分のスタートです。

支配者の駒になるのではなく、自分らしく生きる。そのために、自分としっかり向き合うことが大切です。

本来の自分育て
CW読脳フリースクールのご案内

いろいろなクラスに横断的に参加も可能です。たくさんの人の話しを聴き、「本来の自分育て」にお役立てください。

当書物の著作権は伊東聖鎬に帰属します。無断での転載、複製、改変を禁じます。

CW読脳フリースクール
山梨県南都留郡鳴沢村11403-20
front@cw-community.org
TEL 03-6555-4751

CW Happiness Philosophy 読脳・読脳法・DOKUNO
重力バランスシステム回復療法・重力バランス軸調整療法

支持骨-システム回復療法・浮き沈み回復療法
は、伊東聖鎬の登録商標です。