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『個』を生きるか,それともその他大勢で生きるのか―自分を生きるための『読脳』

Ebook CW読脳セラピストへの道

第2章 『読脳』 誕生までの歩み

今回紹介する『CW Happiness Philosophy 読脳セラピスト』は、それ等とは確実に一線を画すものです。

最初に、『読脳』とは何かについて説明しなくてはなりません。

『読脳』は、私、伊東聖鎬が開発し、2011年、世界35カ国で登録商標を得ているものです。

いじめから始まった探究

私は小学6年生の時、過酷な「いじめ」に遭い、入水自殺を図るも生還しました。

その後、どうして「いじめ」に遭い、どうして人は「いじめ」を行なうのかを知ろうと、高校を卒業すると同時に、全国放浪の旅に出ました。

それは、「30歳までに100の地域で100の仕事をする」という目標を立てての人生修行でもありました。

医療を志した理由

しかしその途中、姉の娘(姪)が知的障がいと診断されたのをキッカケに、修業は一旦中止し、東京に戻りました。

それからは、姪の役に立とうと考え、医療の道を志しました。

治療家として見えてきた限界

昼間はトレーラーの仕事を、夜は生コントラックの運転をして、学費と生活費を稼ぎ、無事、鍼灸学校に入学出来ました。26歳の時です。

在学中から、リンパマッサージの創始者である紺野義雄先生の研究所、血液浄化運動―玄米菜食・自然医学の権威、森下敬一先生のお茶の水クリニックの物療科に3年、そして日本のカイロプラクティックの第一人者である塩川満章DCのスクールの第一期生として学びました。

しかし、それ等の治療法は、姪にはほとんど役に立ちませんでした。

『読脳』 誕生への道

そこで、「治療というものは、相手に関係なく、学校等で学んできた知識や技術を押し付けるようなものではない」という考えから、「求めている“目の前のその人(患者)”に対して、本当に答えられてこそ、本当の治療といえる」ということを医療者に訴えようと、日本で最初のキネシオロジーの本と、治療家のためのドロップ療法の本の2冊を出版し、医師、歯科医師、様々な治療家を対象に、全国的にセミナーを開催しました。(1978年)

そして10年が経った頃、医療者は、 “目の前のその人(患者)”に対して本当に応えようとしていない、学んできたものをただ押し付けるだけの作業をしている人達ということが分かり、セミナーを終了し、再び全国放浪の旅に出ました。(これ以後のことは他の所でも説明しているので、そちらを読んで下さい)

そんな私は、今年79歳になりました。

約50年、医療者や、赤ちゃん、幼児、子供、中学生、高校生、19~80歳の人を対象に、セミナーや講演会を開いてきました。

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