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『個』を生きるか,それともその他大勢で生きるのか―自分を生きるための『読脳』

Ebook CW読脳セラピストへの道

第3章 現代医学では届かない領域

「人」を知らずに人には応えられない

そして言えることは、医療者もセラピストも、あらゆる相談を受ける人も、ほとんどが“目の前のその人”に対して、本当の役に立っていないということです。

“目の前のその人”のことを、何処で学んできたというのでしょう。

学校ですか。セミナーですか。書物ですか。

たった今、“目の前にいるその人”のことを、どうやって知ることが出来るというのでしょうか。

頭に詰め込んだ知識を、無理矢理押し付けるというのが関の山です。

治療、相談、医療関係、美容関係、人生相談、その全てが、適当で当てずっぽうです。

“目の前に居るその人”のことを、それまで少しでも自分で知ろうとしたことがあるでしょうか。

赤ちゃん、幼児、子供、中学生、高校生、しかりです。

全年齢、さまざまな問題を抱えた人が、相手です。

そんな人が、社会の中で、どんな位置付けなのか。

どんな環境の中で育ってきたのか、生きてきたのか。

どんな仕事をしているのか。

どんな人間関係を持っているのか。

少しでも、現実にそんな人達と真正面から向かい合ってきたことがあるのか。

ただ学校やセミナーで学んだことをベースに向かい合い、押し付けているだけではないでしょうか。

私は、それ等の人達と何千回の場を持ち、「その人達の現状を知る」ために、コミュニケーションを行なって来ました。

「人の役に立つ」というのであれば、まず、相手のことを知ることです。

答えを出す前に、「相手本人が、勘違い、誤解」をしていることだってあるのです。

本当に正しい答えはどこにあるのでしょう。

30代、40代、50代、60代、何が分かるというのでしょう。

20~40代で、長年悩み苦しんでいた原因だと思っていたことが、若くて理解出来なくて、誤解していたということもあるのです。

40代、50代、60代で、果たして人の相談にのることが出来るのでしょうか。

人生の何を分かっているというのでしょう。

そんな人が「人の役に立つ」と言っているのです。

これが現実です。

病気・症状はサインである

人生は、少なくても75歳以上にならなくては、人生の半分も分かりません。

その人の死の直前の時、初めて、その人にとって何が良くて、何が悪かったのかが分かるというものです。

良い悪いは、人によって違うのです。

その人の死の直前から逆算して、現在のことが見えない限り、何が正しいのかは、分からないということです。

現代の科学・医学・心理学で、人の悩みや苦しみ、病気、症状の本態は分かりません。

過去を見れば、人類は700~800万年前に出現し、ホモ・サピエンスは20~30万年前に出現したとされています。

その人を知るには、そんな過去も参考になるでしょう。

しかし、人類はこれからも、何十万年、何百万年、何千万年、それ以上存在するかも知れません。

そんな人類が終わる少し前になって、「人類とはこういうものだった」ということが分かるのかも知れません。

その人の悩みや苦しみ、病気、症状の原因が、どうして体の中にあるといえるのでしょう。

人は、過去のことや、未来のことで、悩み苦しみます。

病気、症状の原因の中に、その人の悩みや苦しみの影響があることは、すでに知られています。

しかし、それが一体どういうものなのかは、未だ分かっていません。

記憶にもない、関わったこともない、見たこともない、考えたこともないようなことや、ものの影響が、無いとは言えないのです。

私が関わっている、また、専門としているのは、「現代医学・現代医療で良くならない難治な病気、症状」です。

つまり、悩みや苦しみ、病気、症状は、何等からのサインだということです。

決して、現在のこととは限らないのです。

自分のことだとも限らないのです。

何処かからの信号であり、サインなのです。

そんな人と向かい合うということは、無限な可能性との出合いなのです。

どんな病院・治療院へ行っても良くならない、どんな治療を受けても良くならないという人、また病気、症状は沢山あります。

それは、科学や医学では良くならないということです。

どうして、そんな人や病気、症状が有るのでしょう。

ちゃんとした病名もあり、昔からある病気、症状も有るのです。

実は、そんな人や、病気、症状は、昔から有りました。

病気や症状は「サイン」です。

では、一体どんなサインなのでしょう。

私がYouTubeで紹介している動画(実例)を見て頂いたでしょうか。

体に触れてもいないのに、そんな人や、病気、症状が良くなっていくという事例が沢山あります。

私は、病院や治療院で良くなるような人や、病気、症状に対しては、関わりません。

何年も、何十年も良くならない、どんな方法でも良くならないという人だけが対象です。

そんな人は、日本中に、世界中に居ます。

そして、どうすることも出来ず、困っているというのです。

そんな人を良くするということは、大変なことです。

私は、科学や医学に囚われていません。

良くなればいいのです。

そんな人達は、これまで医学の範囲の中で扱われてきたのです。

それでも良くならなかった、というのです。

そんな病気や症状には、原因があるはずです。

そんな原因が、現代医学では探し出せないということです。

血液検査も、CT、MRI検査も受け、その上で治療を受けたにもかかわらず、良くならないのですから。

そんなものを、どうして医学で良くすることが出来るというのでしょう。

それは、現代医学の目的や存在の意義が、ミスマッチだということです。

本当に困り、求めている人の脳の中には、原因も、また、どうすればいいのかのヒントも有るのです。

科学だけでは見えない原因

世の中の全ての始まりというものがあります。

私は、それを“元”といっています。

宇宙も、地球も、その“元”があってこそ存在できました。

人間も同じです。

そして人は地球に誕生したのです。

誕生した時は、何の問題も無かった。

そんな人が、不治の病だというのです。

赤ちゃんの時には何の問題も無かったという人が、そんな状態になっているのです。

そんな風になる原因は、赤ちゃんからそんな状態になるまでの間に、あるということです。

現代医学のように、体の中だけに原因を探すのではなく、赤ちゃんからそんな状態になった空間全てが対象です。

本人も気付かない、とっくに忘れてしまっていたことが、関わっていることもあります。

医学や心理学でも探し出せない原因は、実はいくらでもあるのです。

“人”は、それほどに扱いにくい存在です。

しかし、脳の中には、そのほとんどのヒントが有るのです。

「人」の専門家とは何か

医師や歯科医師、その他全ての治療者が、“人”の専門家ではありません。

何処で、“人”を知ってきたというのでしょう。

医療者になる前に、そんな“人”を研究してきたのでしょうか。

ほとんどの医師、歯科医師は、“人”については全くの素人ではなかったでしょうか。

では、医療を行なうようになって、“人”の研究者に、専門家になったというのでしょうか。

どんな医療者も、“人”の研究者、専門家にはなっていないと思います。

それは、40年、50年、患者と向かい合っても、結局“人”の専門家にはならないと思います。

医学の専門家であるのは、間違いないでしょう。

“人”は、家畜の牛や豚と同じと捉えているということでしょうか。

牛や豚は、個体を一括りと捉えて扱っています。

人も同じということでしょうか。

そんな医療者は、“人”を「医学」の中に当てはめて、そこからでしか“人”を見ていないのです。

“人”は、“精神”も“心”も“気持ち”も、“感情”もあるのです。

医療者は、その内のどれを知っているでしょうか。

多分、どれも知らないと思います。

何故なら、目の前の困っている、求めている人の話を、どれぐらい真面目に聞いてきたでしょうか。

たとえ聞いてきたとしても、形式的に1時間程度の話を聞いて、何が分かるというのでしょう。

もっとも、長い間、“人”を“人”として、興味・関心の中で研究してきている人にとっては、1時間の話の中でも、それなりの情報は得られる場合もあるでしょう。

しかし、医療者の中に、そんな人は居ないと思います。

病院や治療院のシステムが、それを許さないからです。

病院や治療院は、経営が第一です。

患者の数をこなさなければ、経営が維持出来ないという現実があるのです。

現代医学・現代医療で良くならない難治な病気、症状が、決して難しい、難治な病気や症状という訳ではないのです。

そんな病院や治療院のシステムが、「現代医学・現代医療で良くならない難治な病気、症状」にしているという面もあるのです。

人の病気や症状、悩みや苦しみ、困難などは、つまり、社会のあらゆる面に同様なシステムということの限界が原因になっている場合が多いということです。

それは、夫婦、親子という家族の関わりだったり、教育の場、システムだったり、会社、人間関係、経済のシステムだったり、その他社会のあらゆるそういう面が、人の病気や症状、悩みや苦しみを引き起こす原因になり得るということです。

難しい人間関係だけでなく、生きること、経済を得るということ、幸せに生きるということ、穏やかに生活するということ、それぞれが複雑に絡まっているのです。

そんなこと、家庭でも学校でも教えられません。

勢い社会に出ても、さらに複雑になるばかりで、何も身に付きません。

誰が、どんな人が、こんな社会の中で、幸せに、穏やかに、経済的にも、人間的にも、恵まれて生きているというのでしょうか。

そんな社会や人生の中で、健康に、明るく楽しく生きる方法など、どうやって身に付けられるというのでしょうか。

ほとんどの人が、うまく出来ません。

落ち込んだり、悩んだり、苦しんだり、絶望したりしているのです。

そんな状態を長く続けていては、体調も悪くなり、寝込みたくもなります。

人によっては、逃げ出す人もいるはずです。

子供の頃は、そうやっていたという人が居るはずです。

社会に出ても、年齢を重ねても、そこから抜け出せないという人は、結構沢山居るのです。

実は、そんな人が、現代医学・現代医療で良くならない難治な病気、症状になっている場合が多いのです。

では、そんな人を、そんな状態から脱け出させるには、どうしたらいいというのでしょう。

それは、“人”に興味・関心があり、“人”の幸せ、人生に協力したい、

積極的に“人”の研究をし、専門家になろうというぐらいの気持ちのある人が、そんな“人”と向かい合うことがベースだということです。

その上で、人の話が聴け、理解出来る、ということです。

そこまで出来て、初めて“人”の役に立てるスタートです。

さらに、病気や症状は、他人が良く出来るというものではありません、

そんなこと、出来るものではありません。

にもかかわらず、出来るかのように装って、看板を揚げ、商売を行なっている所のなんと多いことでしょう。

これも社会の(支配者による)システムなのです。

支配者にとって都合が良いシステムが、すでに完成しているのです。

そんな中で、人は生きていかなければならないのです。

それは、決して自然なものではなく、彼らの目的の上で完成された、管理社会の中のシステムです。

だから、幼い子や、少年、青年は、戸惑いの中で生きているのです。

彼等は、まだ、スレていないのです。

家族や周囲に守られて、すくすくと育ってきたのです。

スレる理由が無いのです。

しかし、現実に生きる社会は、スレ、スレで、誤魔化し、インチキ、出鱈目ばかりなのです。

そんな中で、幼かった、まだスレていなかった自分を守らなければならないのです。

しかし、誰も守ってくれません。

突き落としはしても、誰も救い出してはくれません。

そんな荒波の中に、突然追い出されるのです。

まだ揉まれていない精神や感情です。

壊れても、不思議はありません。

それを、寄ってたかって振り回すのです。

挙句に、自分には全く関係の無い、理論や技術や薬を使って、さらに落とし込むのです。

これが、私達が生きている社会という空間です。

そんな中で、誰がうまくやっていけるというのでしょうか。

お金を沢山持っている人が、うまくやっているといえるのでしょうか。

家庭が崩壊し、家族はバラバラ、お金でしか繋がっていないというような人が、幸せといえるでしょうか。

それは、社会的な地位を得ている人や、成功者と言われているような人も、皆が同様です。

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