親も、周りも、皆、そんな中で生きていたのです。
自分だけが騙されないような生き方が出来ただろうか。
大変難しいと思います。
皆が騙されて生きている中で、自分だけが抜け出して生きるということは、大変勇気のいることです。
親も、先生も、社会も、敵に回して闘わなくてはならないのです。
そんなこと、中学生に出来るのか。
しかし、高校生であれば出来ます。
中学生であれば、親や兄弟を悲しませたくない、という気持ちが強いかもしれません。
でも高校生ともなれば、「自分の人生は、自分で責任を持って生きなければ、歳をいって後悔する」という気持ちも、強くなってもおかしくありません。
それには、それだけの大人や社会に対して関心を持っていなければ、そんな情報も持てないでしょう。
高校生ともなれば、社会や未来、人生のことを、真剣に考えられるはずです。
そんな社会に流されて生きるのか、「どんなことがあろうとも、自分の人生は自分で責任を持って生きる」を貫くか、自分で決めることは出来るはずです。
それが出来なかった人が、余りにも多いということです。
私は小学6年生の時、いじめを苦にして入水自殺を図るも、生還しました。
「一度死んだ人間が生き還った」という事実を、私は、何か大きな存在と繋がっていると感じるようになり、それ以後、中学時代は「なんで死ななかったのか」、「これからの自分の人生、どう生きていくのか」、「何のために生きていくのか」、「自分のやることは、すでに決められているのか」等を考える毎日を過ごすようになりました。
高校進学についても、色々な思いがありました。
最終的には、親の気持ちを汲むことにし、結局、全日制→定時制→全日制→定時制と、4年も在籍することになりました。
定時制卒業前から、全国放浪の準備をし、当時最大の大型バイクで、東北一周の旅に出ました。
それをキッカケに、卒業と同時に北海道へ渡りました。
60年前の北海道は、今とは違って「内地の人間には、まだ未開の地」という印象がありました。
「30歳までに100の地域で100の仕事をする」と決意しての、全国放浪の修業の旅でした。
それは、親からも、社会でも言われていた「世間の目」が、どんなものなのか知りたいということもありました。
当時の若者は、親や一般で言うところの「世間の目」を気にして、やりたいこともやらず、親の言うことに従うというような通念でした。
そんな中で、30歳まで全国を放浪の修業をするという私の考えは、親からも、周囲からも、受入れられませんでした。
