“人”としてのコミュニケーションを自分のものにするには、それなりの時間が必要です。
スムーズにいく子もいれば、戸惑いと混乱が長く続く子もいます。
両親が赤ちゃんの言語に合わせてコミュニケーションしてくれれば、赤ちゃんは心安らかに育っていけます。
しかし現実は、誕生直後から、戸惑いと混乱から始まるのです。
生まれてくる前に、意味も理由も必要も愛も100%有ったのです。
さらに、役目・役割も、使命も持っていたのです。
それが誕生と同時に脳の奥の方に追いやられてしまうのです。
この頃の混乱の始まりは、一生を通して続くのです。
そんな混乱から抜け出すためのたたかいが始まるのです。
生まれた性も、時代も、国も、地域も、何一つ予定されていなかったのです。
そんな中で、自分に与えられた存在の意味、理由、必要です。
どんな風にアジャストしていくかは、一人ひとりに任せられているという、大変過酷な自分に与えられた環境なのです。
そんなこと両親は、とっくの昔に忘れています。
どんどん押し付けてきます。
赤ちゃん、幼児側に関係なく、一方的にです。
赤ちゃん、幼児、子供は、混乱と喪失の中で、孤独になっていきます。
そして、誰も、何も救ってくれないことを、一方的に知らされていくのです。
「本来の自分」は忘却の彼方です。
そんな彼等は、自分とは全く関係の無い他力によってさらに振り回され、もれあそばれる社会・世界へ踏み出さなければならないのです。
当然について行けない子も出て来ます。
歩みは一人ひとり違うのです。
歩みが違うことが、どうして悪いと言えるでしょう。
