にもかかわらず、比較され、差別されていくのです。
まだ「本来の自分」を強く持っているのです。
そんな子は、“元”の情報をまだ持っている子です。
しかし、まだ充分にこの世の言語を使いこなせないのです。
「伝えたい」「発信したい」気持ちは焦るばかりです。
自分に関係なくスケジュールは決められています。
保育園、幼稚園、小学校、中学校…
全く自分は必要としていないのです。
しかし、いくら訴えても分かってもらえないのです。
とはいっても、多くの同年代の子は、とっくにそんなシステムに馴染んでいます。
そんな子は、早い時期に「本来の自分の情報」を忘れ去った子です。
まだ「本来の自分の情報」を持っている子は、自分の「伝える情報」を、まだうまく伝えられないでいるのです。
しかし現実は、容赦ないのです。
自分には全く関係のない時間制限によって進級、進学しなければならないのです。
その頃には、周囲の誰よりも遅れているのです。
それにより、遅れている子、出来ない子、分かっていない子、伝わらない子、とレッテルが貼られるのです。
また社会では「発達障害」という言い方もされるのです。
その時には、小学高学年から中学生です。
そんなことに全く興味・関心を示さない教師の下で、その他多勢として育てられていくのです。
そんな「伝えるもの」を持っていなかがらも、中学・高校へ進まなければならないという事情、情況の子もいます。
決して積極的でないにもかかわらず、社会に、皆に合わせなければならない、という社会共通認識の上で、結局“自分”を埋没させていくのです。
そんな人が、大学へ、そして卒業と同時に、皆に合わせて就職するのです。
