もうすでに“自分”は失っています。
そんな高校生、大学生、社会人がいっぱいいるのです。
そしてそんな彼等を「社畜」と呼んだり、「落ちこぼれ」と言ったりするのです。
しかし、そんな中でも、早くから「自分を見失っている」人は、自分の本来の役目・役割に関係無く、エセ的であることに何の恥ずかしさもなく、公務員や医師、教師、その他国の高位、有資格者としての立ち居振る舞いをするのです。
そんな人と、そうでない人の、生活水準は自ずと違います。
どこかで、まだ「本来の自分」の欠片を持ち続けている人は、どうしても生活水準は低くなります。
それでもまだ、自分には役目・役割があり、それを果たすことの方が遥かに価値があると思っているところがあるのです。
そんな人が「本来の自分」を求めて、自分の本当の役目・役割を知りたいと、“元”から脳に届いている情報を読み出すための『読脳法』に興味を持つのです。
そんな30~50代は、中休みの世代です。
社会の勢いに流され、家庭生活に追われ、人間関係にもて遊ばれている間に、10年、20年が過ぎます。
もうすでに自分を見失って長い時間が経っていると、時間が経つのもの忘れてしまい、気付いた時がもう50代ということなのです。
子供達は大学を卒業、あるいは在学。
近いうちに社会人になり、自分と同じような会社員になっていく予備軍です。
家には、妻と2人だけになってしまう。
妻と2人だけになった時、どんな会話をしたらいいのだろう。
もう、すでに20~30年、真面目に向かい合ったことがない。だから、共通の話題も無い。
子供が小さい頃は、それなりに話題が有った。
高校生になった頃には、子供は外に向いており、家族の中で会話は無くなった。
自分の時もそうだった。
高校生ともなれば、親よりも友人、外の世界。
